「黒い背景のピエロ」/アントニ・クラーベ 作
1913年バルセロナに生まれる。
12才から19才までの間、郷里の美術学校で学ぶ。
1932年スペイン内乱で共和国側にたちフランスに亡命。パリとロンドンで舞台デザインの仕事を行う。
1944年パリ国立美術協会特別賞受賞。
1946年シャンゼリゼ劇場、オペラ座などの舞台装置を担当。
レンブラント、ゴヤ、ボナール、ルオー、ピカソに惹かれ、特にピカソとの出会いは、彼に大きな影響を与えた。
1952年ハリウッドでセット美術を手掛ける。
1954年ベネツィア・ビエンナーレでユネフスコ賞受賞。
ヨーロッパ巨匠画家として日本でも人気の高い アントニ・クラーべ 。
少年期からペンキ職人、看板絵描き、ポスターデザインなどの職に就き、内戦で共和国軍兵として出征したが、フランコのバルセロナ占拠でフランスに亡命。
1941年モンパルナスにアトリエを構えピカソらと親交をもつようになり、活動を共にした。
50年代後半、ヴェネチアビエンナーレ・ユネスコ賞や東京国際版画ビエンナーレ・ブリヂストン美術館賞など受賞し国際的な評価を高め、以降半世紀にわたり欧州各地の有名美術館で発表する。版画家としてもミロと並ぶ創意家として知られ、カーボランダムやメタルプレス等をいち早く取り入れた。
記号や刻印のある様々な素材を混沌とコラージュしながらも暗示的で抑制されたその画面構成には、スペイン絵画の古典的伝統を感じさせる独特の造形世界がある。
「景」/沼倉正見 作
1910年宮城県登米郡生まれ。
1941年鈴木千久馬主宰の絵画研究所に学ぶ。
1946年第1回新東北美術展新東北美術会賞受賞。
1948年第7回創元会展創元会賞受賞、準会員となる。
1950年創元会会員。
1949年河北美術展河北賞連続受賞。
1950年河北美術展河北賞連続受賞。
1963年宮城県芸術協会結成に参加。
1965年河北美術展顧問。
1976年宮城県教育文化功労者として表彰。
1984年第2回みやぎの5人展出品。第16回日展審査員。

