2011年12月1日木曜日

12月の展示絵画

 

「彩」/石坂仁良 作

1950年群馬県生まれ。
1981年日洋展入選(以降連続入選)大洋会出品、会員となる。
1977年この年より個展、グループ展などを多数開催。



「ピンクの踊り子」/赤石文雄 作

1952年鳥取県羽合町生まれ。
1977年大阪大学理学部卒業。のち作家活動に入る。
ヨーロッパ各地を取材旅行する。
1978年二科展、二紀展、独立展に出品。以降1983年退会までに
二紀展に出品。二紀展大阪市長賞など受賞。
1981年安井賞展出品。
1989年パステル画集「裸婦」京都書院より出版(絶版)




「ピカソの壺と花」/佐藤隆春 作

1951年仙台市に生まれる。
1978年河北宮城県芸術協会賞受賞。
1985年東京セントラル美術館油絵大賞展入選。
上野の森美術館大賞展入選。
1987年上野の森美術館大賞展秀作展出品。
1993年スペイン・マドリッド・トイソン画廊個展~東京、大阪、仙台などにて個展。

2011年11月1日火曜日

11月の展示絵画

 

「冬岬」/樋口洋 作

1942年神奈川県生まれ。
1967年示現会展初入選。楢原健三に師事。
1975年日展初入選。
1987年日展特選(~93年)1988年 日展無鑑査/文化庁選抜展出品(~94年)
1996年日展審査員(2000年)
1997年日展会員となる。
2004年日展評議員を務める。
現在、示現会常務理事、日展評議員、日本美術家連盟会員個展多数開催。




「アイガー」/狩野寿一 作

1910年千葉県に生まれる。
1930年日本洋画壇の大巨匠、安井曽太郎に師事。
安井画伯の風景画を継承した安井門下の直弟子である。
日本画の狩野派の直系の末裔。
元一水会員。三越・阪急等個展多数。
退会後は、そのほとんどをフランスで制作活動し、2003年に亡くなるまで欧州の美しい風景をキャンバスに描き続けた。
松下幸之助など財貨人にコレクターが多く人気の高い画家であった。




「花」/奥西画男 作

1945年岐阜県岐阜市生まれ。
1970年東京芸術大学油画科(小磯良平教室)卒業
1974年渡仏。パリ国立美術大学入学(ピエール・マッティーに師事)
1975年サロン・ドートンヌ入選(グラン・パレ)
1982年小磯良平を囲む作家達展出品(梅田近代美術館)
1984年個展(泰明画廊)
1987年風景画のテクニック(アトリエ社)執筆
1989年絵本「海の中のぞいた」(福音館)作・画
1990年大阪花博展(三越)
1992年現美展出品(以降毎年)

2011年10月1日土曜日

10月の展示絵画

「おくらのある処」/数野繁夫 作

1940年山口県甲府市生まれ。
1965年東京芸術大学(山口薫)教室卒業・卒業制作「人とヒト」120号買いあげとなる。
1967年同大学院終了・東京芸術大学油絵課副手を努める。
1969年『十騎会』を結成、現在に至る。
1971年グループ40結成。(以降毎年1999年第23回まで出品)
1978年山梨県立美術館で実技講座で絵画を指導する。
1988年日本大学芸術学部美術学科で絵画コースの講師を勤める。
2001年『数野繁夫の軌跡』展。
2002年個展。



「ふと熱いものがよぎって」/高塚省吾 作

1930年岡山県岡山市生まれ。
1953年東京藝術大学美術学部油画科卒業。
1955年高塚省吾展(初個展)を開催 / 映画美術、バレエの舞台美術、衣裳デザイン、台本の他、挿絵などの仕事を手掛ける。
1977年ジャパン・エンバ美術賞展入選。
1979年現代の裸婦展/ミロ国際素描コンクール入選。
1988年田原良作に彫刻(木彫・彫塑)を学ぶ。
多数の個展を開催、画集・素描集も数多く出版し、名実ともに世に知れ
渡る。没後も裸婦を中心に、高い評価で支持されている。




「月明り」/荒木尚 作

1931年熊本県玉名市生まれ。
武蔵野美術大学油絵科2年中退。
1968年三軌展20周年記念賞。
1978年三軌展三軌会賞。
1984年三軌展文部大臣奨励賞、日伯展・日仏展・上野の森大賞展等入選、浅井忠記念賞入選。(連続3回)
1994年個展(熊本県立美術館分館)、渡欧4回、個展多数。(銀座正光画廊他)
1995年三軌会退会。

2011年9月1日木曜日

9月の展示絵画

「黒い背景のピエロ」/アントニ・クラーベ 作


1913年バルセロナに生まれる。
12才から19才までの間、郷里の美術学校で学ぶ。
1932年スペイン内乱で共和国側にたちフランスに亡命。パリとロンドンで舞台デザインの仕事を行う。
1944年パリ国立美術協会特別賞受賞。
1946年シャンゼリゼ劇場、オペラ座などの舞台装置を担当。
レンブラント、ゴヤ、ボナール、ルオー、ピカソに惹かれ、特にピカソとの出会いは、彼に大きな影響を与えた。
1952年ハリウッドでセット美術を手掛ける。
1954年ベネツィア・ビエンナーレでユネフスコ賞受賞。
ヨーロッパ巨匠画家として日本でも人気の高い アントニ・クラーべ 。
少年期からペンキ職人、看板絵描き、ポスターデザインなどの職に就き、内戦で共和国軍兵として出征したが、フランコのバルセロナ占拠でフランスに亡命。
1941年モンパルナスにアトリエを構えピカソらと親交をもつようになり、活動を共にした。
50年代後半、ヴェネチアビエンナーレ・ユネスコ賞や東京国際版画ビエンナーレ・ブリヂストン美術館賞など受賞し国際的な評価を高め、以降半世紀にわたり欧州各地の有名美術館で発表する。版画家としてもミロと並ぶ創意家として知られ、カーボランダムやメタルプレス等をいち早く取り入れた。
記号や刻印のある様々な素材を混沌とコラージュしながらも暗示的で抑制されたその画面構成には、スペイン絵画の古典的伝統を感じさせる独特の造形世界がある。




「景」/沼倉正見 作


1910年宮城県登米郡生まれ。
1941年鈴木千久馬主宰の絵画研究所に学ぶ。
1946年第1回新東北美術展新東北美術会賞受賞。
1948年第7回創元会展創元会賞受賞、準会員となる。
1950年創元会会員。
1949年河北美術展河北賞連続受賞。
1950年河北美術展河北賞連続受賞。
1963年宮城県芸術協会結成に参加。
1965年河北美術展顧問。
1976年宮城県教育文化功労者として表彰。
1984年第2回みやぎの5人展出品。第16回日展審査員。