「こたつ」/志村立美 作
1907年群馬県高崎市生まれ。
神奈川県立工業高等学校図案科を中退後、大正13年に中山秀峰に入門美人画を修める。
主婦の友・婦女会などの雑誌の口絵などでその名を知られるようになり、林不忘原作「丹下左膳」の挿絵で岩田専太郎と並ぶ人気画家となる。
晩年は挿絵での活動を中止し、立美本来の原点である日本画への回帰をしていく。
1980年東京都新宿区の病院で73歳で死去。
1905年東京美術学校西洋画科に入学。
1913年にパリに渡り、モディリアーニ、スーチンらと交友を結ぶ。
1919年サロン・ドートンヌに出品し、全作品入選、会員に推挙される。
1955年にフランス国籍を取得。
1968年死去。日本政府より勲一等瑞宝章を追贈される。
後に横山家に養子に出される。
1934年に洋画家を志して上京し、
洋画家の弟子となる。
1938年第25回光風会展で油彩画の「街裏」が入選するも、
師の勧めにより日本画に転向。
1960年から「赤富士」の連作が人気を集め、一躍有名画家となる。
横山の作品は煤や石炭などを画面に擦りつけ、力強く轟くような漆黒と
そこから滲み出るような鮮やかな色が特徴とされる。
1966年に多摩美術大学教授、1988年に東京芸術大学教授に就任。
日本画の伝統的な様式美を現代的な感覚で表現した。
2003年文化勲章を受章。同年4月に76歳で死去。
主婦の友・婦女会などの雑誌の口絵などでその名を知られるようになり、林不忘原作「丹下左膳」の挿絵で岩田専太郎と並ぶ人気画家となる。
晩年は挿絵での活動を中止し、立美本来の原点である日本画への回帰をしていく。
1980年東京都新宿区の病院で73歳で死去。
「猫」/藤田嗣治 作
1886年東京生まれ。1905年東京美術学校西洋画科に入学。
1913年にパリに渡り、モディリアーニ、スーチンらと交友を結ぶ。
1919年サロン・ドートンヌに出品し、全作品入選、会員に推挙される。
1955年にフランス国籍を取得。
1968年死去。日本政府より勲一等瑞宝章を追贈される。
「赤富士」/横山操 作
1920年新潟県燕市生まれ。町医者の私生児として生まれ、後に横山家に養子に出される。
1934年に洋画家を志して上京し、
洋画家の弟子となる。
1938年第25回光風会展で油彩画の「街裏」が入選するも、
師の勧めにより日本画に転向。
1960年から「赤富士」の連作が人気を集め、一躍有名画家となる。
横山の作品は煤や石炭などを画面に擦りつけ、力強く轟くような漆黒と
そこから滲み出るような鮮やかな色が特徴とされる。
「紅白梅」/加山又造 作
1927年京都府に西陣織の図案家の子として生まれる。1966年に多摩美術大学教授、1988年に東京芸術大学教授に就任。
日本画の伝統的な様式美を現代的な感覚で表現した。
2003年文化勲章を受章。同年4月に76歳で死去。



